クラシック/ジャズ お互いの影響はどのくらい?2

クラシック/ジャズ お互いの影響はどのくらい?②

ジャズ→クラシック→ジャズ

前回はジャズにおけるクラシックの影響、そしてクラシックにおけるジャズの影響をYoutubeの実例を挙げながら語ってみた。今回はさらに進んで、ジャズの影響を受けたクラシック音楽の作品を、再びジャズミュージシャンが取り上げて素晴らしい成果を上げている例をいくつか取り上げてみたい。

図式化すると「ジャズ→クラシック→ジャズ」。

マーカス・ロバーツ、小澤征爾「ラプソディー・イン・ブルー」

ガーシュインといえば、ジャズの世界からすれば「サマータイム」や「ラブ・イズ・ヒアー・トゥー・ステイ」「サムワン・トォー・ウォッチ・オーバー・ミー」などのスタンダード・ソングの作曲家である。クラシックの世界からはジャズなどのアメリカ音楽の強い影響を受けた作風の作曲家というイメージだろう。

そしておそらく「ラプソディー・イン・ブルー」はその象徴的作品ではないだろうか。ジャズ・ミュージシャンは、既存の「歌」をメロディーとコードというエッセンスに抽象化し、インプロヴィゼーションを通じて作曲家のハートを表現する。

一方で「ラプソディー・イン・ブルー」は全てが音符化され、長い演奏伝統が積み重ねられてきた「クラシック」作品。安易な抽象化を拒む堅固な構築物である。

この作品に対してジャズ・ミュージシャンは何ができるのだろう?この問いにマーカス・ロバーツが素晴らしい知性と感性で一つの答えを出している。楽譜通りに演奏すること/インプロヴィゼーション。

両方に真摯に取り組み、しかもその両方が一つの世界観を生み出している。これは言うは易く行い難し。楽譜の中の音符を あたかも「今」生まれる音のように響かせ、逆にインプロヴィゼーションを絶対の必然性で聴かせる説得力。この奇跡のバランスをとった名演である。

ハービー・ハンコック「ガーシュイン・ワールド」

「ガーシュイン・ワールド」はハービー・ハンコックによるガーシュイン・トリビュート・アルバムである(1997年)。

ハンコック自身によれば「ガーシュウィンの曲をただ演奏するだけなら誰でも出来る。僕らの目的は作曲者が最初に得たひらめきを探ることで、それぞれの作品を核心まで究め、そこから得られた要素を、自分たちの方法で再集成、再構成することだった」。

ハービーはこのアルバムでガーシュインの音楽を再解釈することを通じて、20世紀のアメリカ音楽に対するオマージュを捧げようとしているようだ。トリビュートの対象は個人を超えて、もっと大きな文化的状況そのものにまで射程を広げている。基本的にガーシュインの曲が取り上げられるなか、なぞなぞのように現れるラヴェルのコンチェルト。

実はガーシュインはラヴェルに教えを乞うた経緯があり、ラヴェルをとても尊敬していたようだ(「すでに一流のあなたが二流のラヴェルになる必要はない」というエスプリに富んだ断り方をされた)。ハービーはそんなガーシュインのラヴェルに対する憧れと、ラヴェルが与え返した自尊心の交流に新しく光を与えるように、このトラックを思いついたのかもしれない。

マーカス・ロバーツの場合と同様、ハービーも楽譜通りに弾く部分とインプロヴィゼーションをうまく配置して、原曲を最大限リスペクトしつつ新しいハービー・ワールドを生み出すという難しいチャレンジをしている。ガーシュインの憧れの心との同一化を狙っているのかもしれない。

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このアルバムは、全体を聴いて欲しい。ハービー・ハンコックは本当にすごい人間だと思う。ジャズが発生した頃のアメリカのざわめき、ジャズが育ち、変化し、進化したその長い道のりと物語を、ガーシュインという主役を立てて語らせることで(自分は背景に退くような奥ゆかしさも感じる)立体的に描いて見せたのだ。

このアルバムはその壮大な企図が正当に評価されグラミー賞を受賞した。

デイブ・グルーシン「ウェストサイド・ストーリー」

「ウェストサイド・ストーリー」の作曲者のレナード・バーンスタインは非常に多彩な音楽家だった。指揮者として有名だが、作曲家としても活躍し、本曲の他にも「キャンディード」など有名作がある。ピアニストとしても優秀(前の稿では「ラプソディー・イン・ブルー」の弾き振りの動画をあげた)、教育者としての啓発的な活動もある。

バーンスタインの作風は、クラシックとその他の音楽のジャンルの折衷的スタイルであり、1957年に初演された「ウェストサイド・ストーリー」はその典型的な例でもある。特にジャズの強い影響を感じさせる。例えば、原曲の「クール」にはスウィングのリズム、ブルーノート、ホーンの響きなどジャズの強い影響が見られる。

筆者は一度「ウェストサイド・ストーリー」の練習ピアニストを務めたことがあるのだが、耳で聴く印象以上に音楽は複雑で緻密、大変に作り込まれた作品だと思った。

そしてこの大作をさらに複雑でスリリングに、そしてより「ジャジー」にリアレンジしたのがデイブ・グルーシンによる「ウェストサイド・ストーリー」である。

バーンスタインに劣らず、デイブ・グルーシンも多才な音楽家である。ジャズ・ピアニストとして一流だが、作曲、編曲、プロデュースの才に長けておりGRPレコードの創立者にして社長も務めた。筆者は、グルージンが担当した映画「恋のゆくえ」(妖艶なミシェル・ファイファーがグランドピアノの上に乗っかるシーンが有名)の音楽が大好きだった。

グルージンは高いクオリティとクリエイティヴィティを保ちちつ「売れる」音楽を生み出す魔法使いのような音楽家である。そんなグルーシンの技を結集して挑んだかのような感があるのが、この「ウェストサイド・ストーリー」である。原曲の初演の40周年を祝って1997年に発表された。ジャズ・ファンはまず錚々たるゲスト・ミュージシャンの布陣に驚くだろう(ジョン・パティトゥッチ、デイブ・ヴェックル、リー・リトナー、マイケル・ブレッカー、グロリア・エステファン、アルトゥーロ・サンドヴァルなど)。

各人の活かし方、采配はプロデューサー脳が全開、緻密でゴージャスなサウンドはアレンジャー魂が燃え、ピアノパートは職人芸が光る八面六臂の活躍。アレンジ・アイデアの一例を紹介しよう。上のリンクの46:03くらいから始まる「アメリカ」。原曲は6/8と3/4が交錯する拍子で、そこにこの曲のアイデンティティがありそうなものだが、そこをまさに攻めて7拍子(47:30くらいから)にしてしまった。

90年代のジャズ・シーンはブラッド・メルドーやジョシュア・レッドマンのようなコンテンポラリー・ミュージシャンがこぞって変拍子に取り組んでいた時期だ。グルーシンにそんなシーンの動向を反映する意図があったのかどうかは分からないが、結果として「90年代」の雰囲気を表現して、その時代の新しい息を吹き込むことになった。

影響を受けることは素晴らしいこと

「クラシック」にしても「ジャズ」にしても、そもそも色々な音楽の影響を受けてきた。ジャズについて言えば、ジャズが生まれた街ニューオーリンズには、白人と黒人の混血のクレオールという人々がいた。

彼らは高い教育を受けており、当然クラシック音楽の素養もあった。奴隷解放後、クレオールが以前のような優遇を受けられなくなり黒人たちとコミュニティーを形成するようになると、このクラシックの素養が黒人たちに伝授され、逆にクレオールはブルースを学びそれまでのブラック・ミュージックとクラシックの融合が進んだ事情があったらしい(リロイ・ジョーンズ「ブルース・ピープル」)。

また、いわゆるクラシックも「周辺国」の影響をたくさん受けている。モーツァルトの「トルコ行進曲」に代表されるように、何人かのヨーロッパの作曲家はオスマン帝国の軍楽隊の音楽に影響を受けた作品を残している。ところが一般的に演奏されるモーツァルトのこの曲は、軍楽隊の行進曲よりは随分テンポが早い。あたかもその影響の痕跡を消し去りたいかのように、テンポアップすることでルーツを忘れるような身振りである。

そしていつしかそれがスタンダードな演奏スタイルになった。ところが、グレン・グールドが挑発的にテンポの遅い演奏を残している。

これは行進曲のテンポである。「軍楽隊の音楽」というルーツを思い出させるテンポ。筆者は「トルコ行進曲」がこのように演奏されるべきだと主張したいわけではない。

そもそも音楽というのは影響し合うものだということ。つまり、一つも影響を受けていない純粋培養な音楽なんてものは存在しない。影響を受けたり、受け返したり、これはとても人間らしい素晴らしい営みではないだろうか?

新しい世代

今の若いミュージシャンやリスナーは「クラシック/ジャズ」の二分法に以前ほどはとらわれていないのかもしれない。ジャンルの違いというものは厳然として存在するし、消えることはないだろう。

それは、歴史の記述のためだったり、CDストアーの都合だったり、音楽を学ぶ上での整理のためのツールという面がある。しかし一人の人間が自分を表現する時、あるいは一人の人間が聴き手として音楽に没頭する時、ジャンルの違いは「今ここで」生まれつつある新しい音楽の中で溶けてなくなり、振り返って分析的に見ればああだこうだ指摘できるかもしれないが、そういう行為自体が野暮に感じられるような、ジャズもクラシックも渾然一体となるような音楽体験がスタンダードになる時代。それが現在かもしれないと思う。

一人のピアニストを紹介して記事を締めくくりたい。角野隼斗(すみのはやと)さん。2018年ピティナピアノコンペティション特級グランプリを受賞して本格的に音楽活動を始めた。Youtubeでは「かてぃん」の名前でコンテンツをアップしており、およそ30万人のフォロワーがいる(2020年6月現在)。

上原ひろみさんの「Tom and Jerry show」を基調に「情熱大陸」や「熊蜂の飛行」を織り交ぜた圧巻のパフォーマンス。かてぃんさんのYoutubeチャンネルは本格的なクラシックから誰もが知っている名曲のアレンジまで幅色く、エンターテインメント性十分に全てがハイクオリティ。

こういうコンテンツは「クラシック/ジャズ」の二分法を軽やかに超えていくし、聴き手も古い二分法とは関係ない場所から自由に音楽を楽しむ時代が来ていると感じさせる。

保坂修平(ジャズ・ピアニスト/作曲家)

群馬県出身。
東京藝術大学楽理科および大学院卒業。

クラシック、ジャズ、ポピュラーの語法をバランスよく取り入れた幅広く柔軟な音楽性には定評があり、国内外の一流アーティストのサポートおよび、自己の活動を活発に行っている。

2012年10月より俺の株式会社の音楽部首席ピアニスト。
2013年1月より群馬県渋川市観光大使。
2018年CD「タペストリーズ」、2019年CD「YAKUMO」発表。
銀座男声合唱団委嘱の合唱曲「青春の詩」が2015年11月ニューヨークのカーネギー・ホールで初演された。

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